安孫子素雄

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日本の漫画家「藤子不二雄Ⓐ」の本名。

よみ】あびこ もとお

】Abiko, Motoo

目次
    1. 略歴
    2. デマや誤情報
      1. 「安孫子は高岡出身ではない」はデマ
        1. 安孫子素雄は氷見と高岡のどちらに長く住んでいたのか問題
      2. リンク

略歴

※主に「藤子不二雄」「藤子不二雄Ⓐ」として活動した安孫子素雄の略歴を記す。

1934年3月10日、富山県氷見市生まれ。
1944年に高岡市に引越し藤本弘と出会い漫画で意気投合(10歳)。1951年に藤本との合作『天使の玉ちゃん』でデビュー(17歳)。
コンビ漫画家として合作・単独作問わず1つの共同名義で発表する方式をとり、1953年からペンネームを「藤子不二雄」とし(19歳)、多数の作品を発表。藤本との合作『オバケのQ太郎』が社会的なブームとなった他、安孫子単独で『忍者ハットリくん』『怪物くん』『魔太郎がくる!!』『プロゴルファー猿』『まんが道』などの多数のヒット漫画を連載した。
1988年から「藤子不二雄Ⓐ」の新ペンネームで単独の漫画家として活動(53歳)。『パラソルへんべえ』『笑ゥせぇるすまん』『プリンスデモキン』『愛…しりそめし頃に…』『サル』などの多数の連載漫画を執筆。1990年には実写映画『少年時代』をプロデュースし数々の賞を受賞した。
2022年4月6日没(88歳)。

デマや誤情報

「安孫子は高岡出身ではない」はデマ

安孫子素雄は氷見生まれで、小学生のときに高岡へと引っ越したので、「出生地は氷見」「出身地は氷見と高岡」である。安孫子自身も後年まで「高岡は第2のふるさと」と記している。

「高岡出身なのは藤本、氷見出身なのは安孫子」という記述も誤り。正しくは「高岡生まれなのは藤本、氷見生まれなのは安孫子」または「高岡出身なのは藤本と安孫子。氷見出身なのは安孫子」。

安孫子素雄は氷見と高岡のどちらに長く住んでいたのか問題

1938年の氷見町大火で光禅寺は全焼し、安孫子は高岡へ避難した。居住していた寺が全焼したため、すぐに氷見に戻れたのかどうかは当方未調査のため不明。

氷見町大火時の避難を0日とするならばおおよその居住期間は「氷見10年3か月、高岡8年11か月」。

もし、仮に氷見町大火時に高岡で8か月間仮居住していたとしたら、そのおおよその居住期間は氷見も高岡も「9年7か月」で同じということになる。

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