パーマン

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日本の漫画作品。さえない少年・ミツ夫が、ずっこけヒーローとして大活躍する日常が描かれている。

よみ】ぱーまん

制作分担

『パーマン』の制作分担をごく端的に表すと下記の通り。
「1960年代の連載は藤本メイン合作
「1980年代の連載は藤本単独執筆作」
FA独立時の権利分割により、1988年以降はどちらもF単独権利作品扱いに編入」

もう少し詳細な制作分担と権利分割の状況は下図を参照。

パーマンの制作分担と権利分割

デマや誤情報について

藤子不二雄#demaも参照。

「1960年代の『パーマン』は合作ではなく藤本単独執筆作品」「安孫子は作画をちょっと手伝っただけ」はデマ

制作分担」の項を参照すれば分かる通り、1960年代の『パーマン』は藤本メイン合作。

安孫子がファン相手のインタビューで「あれはちょっと手伝っただけ」と答えたことがあるが、そのインタビューは藤本死去から十数年後の、すでに『パーマン』がF単独権利作品として扱われている時代のものである。『パーマン』がF単独権利作品に編入されてから後(1988年以降)の安孫子は、『パーマン』を一貫して「藤本の作品」「自作ではない」ものとして語っている。

当然ながら1960年代の連載当時は安孫子自身も合作という認識で執筆している(当時の雑誌記事には2人でキャラごとに作画を担当している合作であることが記されている)。

「両者で絵を描いている作品でも、ちょっと作画を手伝っただけということなら合作ではない」と勘違いしている人も多いが用語の意味を履き違えている誤った認識である(合作の項にある「制作と権利が別の概念であることを表した図」等を参照)。コンビ活動時代に「2人で描いていても単独権利作品の場合がある」などというルールは存在しない(コンビ時代は全作品の収入が折半)。

「みんながおなじみのカバオの造形は藤本がデザインした」はデマ

1966年「小学四年生」12月号掲載の連載第1回のカラー扉の裏の登場人物紹介ページには藤本の絵柄でカバオ(カバ夫)が描かれているが、そのデザインはおなじみのものとはかけ離れている。また、同誌の同号や、「小学三年生」の同月号の本文ページに実際に登場するカバオは安孫子によって描かれたおなじみの造形になっている。

カラーページは締切日が早いため、その裏ページの登場人物紹介の締切日も早いが、その締切間際には安孫子が不在だったため藤本が作画したと考えられる。そして、その数日後の本文ページの執筆時には、安孫子はカバオを自分の絵柄で描いたと考えられる(安孫子は同年4月まで『マスクのXくん』(安孫子単独執筆作)を1年間連載していたが、その登場人物の「がま口」はカバオと同様のガキ大将的キャラクターで、デザインもカバオと似ている)。


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