原稿落とし事件

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1955年の年始に藤子不二雄が多数の仕事の締切を遅延し、一部の仕事を完遂できなかった事件。

『まんが道』や藤子の供述を読んで大半の仕事が完遂できなかったかのようにイメージされがちだが、実際には多くの作品が最終的には間に合って掲載されており、完遂できなかった仕事は数本のみである。

デマや誤情報について

「多くの連載を落とした」はデマ

年表PDFを見ても分かるように、この正月に落とした連載は『海底人間メバル』のみ。『ゆりかちゃん』は遅延したものの、最終的には間に合い、連載は継続されている(上京した藤本が編集部に謝罪の電話をかけたところ「まだ間に合うからすぐ描け」と言われトキワ荘で一晩かけて完成させた)。

「帰省した安堵感で気が抜けて、2人とも原稿が描けなくなった」というのが原稿遅延の主な理由というのはたぶんデマ

穴を開けた大きな仕事は別冊『ああ無常』と連載『海底人間メバル』の2本。締切を遅延した末に上京後に描いて最終的に間に合ったのが連載『ゆりかちゃん』。これらはすべて藤本担当作である。

一方で安孫子担当の連載はすべて間に合っている(高岡で執筆して東京に送付)。

上京して謝罪に奔走したのは藤本のみ。

これらのことから推測すると、藤本側に何らかの原因があったものと考えられる。

主な理由として「藤本の体調不良(藤本はこの年の春に結核療養のため仕事をストップしている)」「『ああ無常』にかかりきりになったため他の仕事が遅延した」等が推測できる。

「後始末のための上京時、テラさんに叱咤激励されていなければ藤子不二雄は漫画家をやめていた」はデマ

『まんが道』には後始末のために上京した満賀と才野が寺田ヒロオに「ばかっ!! きみたちのまんがに賭けた情熱はそんなにアマッチョロイものだったのかーっ!!」と叱咤激励され、漫画家廃業を思いとどまる場面が描かれているが、これはフィクションである。

安孫子の述懐によると「僕はもう漫画家としてやっていくのは無理と悲観的だった」(これもおそらくサービストーク)が、藤本は「なんとかなる」と前向きだったとのこと。実際に藤本は一人で上京して謝罪し「もう嵐は過ぎました」と安孫子に手紙を書いて上京を促している。

少なくとも連載4本(藤本担当作2本、安孫子担当作2本)が継続中であり、漫画家廃業を決意するような状況ではない。

藤本だけが先に上京したのは、上京直前時点で落とした状態の大きな仕事(別冊1本、連載2本)がすべて藤本担当作だったためだと考えられる。

「この正月を機に業界を1年以上干された」はデマ

まず事実をまとめると、下記の通り。

年表PDFを見ても分かるように、『海底人間メバル』以外の連載は継続され、読切も多数執筆し、別冊も手掛けている。

春までに3本の連載が終了しているが『よるの王子さま』(藤本担当)の終了は雑誌休刊のためである。

連載は10月号まで『ゆりかちゃん』(藤本担当)、「漫画少年テーマ特集」(安孫子担当)の2本が継続している。「漫画少年テーマ特集」終了は雑誌休刊のためだし、『ゆりかちゃん』終了後も同載誌「少女」には、11、12月号、翌1956年新年増刊号、1、3、5月号とほぼ毎月読切(5月号は別冊)を執筆しているので「少女」編集部から干された状況ではない(執筆していないのは2月号と4月号のみで、6月号からは新連載を開始)。

連載が途切れた11月号以降は、この他に絵本にも読切を執筆しており藤本担当作の読切が途切れたのはひと月のみ。安孫子担当作も「ぼくら」「幼年クラブ」等に読切が掲載されたが、コマ漫画のみの掲載となった月がある。

このように仕事量が減ったことで「干された」と感じたかもしれないが、1955年の12月上旬には安孫子の姉を呼んで炊事を担ってもらわないといけなくなるほど多忙な状況になり、翌1月にはトキワ荘にもう一部屋を借りて藤本が母との同居を開始しており、ヒマをもてあましていた期間はごく短い(連載がゼロになってから多忙になるまでの期間は8月〜11月あたりの約4か月)。

ちなみに1956年5月号の『ロケットくん』(安孫子担当)、6月号の『光公子』(藤本担当)から連載が復活して藤子不二雄は復活したとされているが、これらの作品は2月頃には執筆開始されていると考えられる(『光公子』は5月号に別冊として執筆されているため)。

つまり「1955年に藤子不二雄は長期間干された」というのはデマであり、「1955年に藤子不二雄は仕事が減った」というのが妥当な表現である。連載が約半年間ゼロになったのは、「正月の原稿落とし事件によって評判を落としたから」かもしれないし、単に「読者の人気をとれなかったから」かもしれない。

また、この年の春に藤本が体調不良により一時休業したことも仕事の減少の大きな一因である(連載『ゆりかちゃん』を2か月休んでいる)。


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